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2014/11/30

奥多摩・水根貨物線の秋

奥多摩・水根貨物線(東京都専用線小河内線)の秋

都心からも手軽に自然を満喫できる場所として人気の奥多摩。
秋になると、紅葉を求める多くのハイカーでより一層賑わう。
そんな奥多摩の山深くに今も残る、鉄道遺構水根貨物線を歩いてみた。

2014/09/08

住宅裏の線路跡 -越後交通 長岡線-


住宅の裏にひっそりと潜む2本のレール。
遺構が多く残っている越後交通長岡線でも、今や貴重となってしまった線路付きの路盤が残っている。


大河津分水駅跡から旧街道を大河津駅跡(現JR寺泊駅)へ行くと、古い商店街の間に突如レールが現れる。
アスファルトにはその痕跡がないが、ここが旧越後交通長岡線の踏切跡だ。
ちなみに、JR越後線との踏切もここから100mほど先にあり、こちらは現役。


すっかり住民の庭となっている線路跡は、いい感じに生活空間に溶け込んでいる。


振り返って踏切跡を望む。
ここから大河津分水駅跡まではレールは撤去されているが、道路との境は特にレールが切断されている気配はない。
おそらく、この錆色のアスファルトの下には、途中までレールが埋まっているのだろう。


大向津駅跡方に線路跡をたどると、小さな鳥居が現れる。
路盤跡から伸びる小さな参道の階段といい、現役時代はなかなか味のある風景だったのではないかと思われる。


この付近は小道が横切っていることもあってか、線路は石畳化されている。
間違いなく廃止になってから設置されたものだと思うが、線路をそのままにするために切込みを入れた工事は結構手間がかかるのではないだろうか。
そこまでしてでも線路を撤去したくなかったのか、撤去出来なかったのか…
色々な考えが浮かぶが、線路をそのままにしてくれていることは素直に嬉しい。


ここは、近隣住民の駐車場になっているようで、レールも仄かに輝いている。
線路はこの直ぐ先の水路を渡るところで途切れる。
大河津駅跡にもレールを始め多くの遺構が残っているというが、夏草が覆い茂っておりやむなく敗退。

少し場所は離れるが、南を走るR116沿いの旧コンビニ跡の駐車場に転轍器標識が放置されていた。
Googleストリートビューでも確認できるこの置物は、風貌から言って越後交通絡みではないかとも思える。


Nikon D800 + Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)

2014/06/03

大井川鉄道 井川線廃線を訪ねる


森の中に残る細い赤錆びたレール。
大井川鉄道井川線の最深部である旧堂平駅へと続く廃線跡だ。

2013/10/29

屋島ケーブル 登山口駅跡


屋島ケーブルカー跡を訪ねたのは、太陽も赤くなり始めた夕方。
以前は賑わっていたであろう幅の広い道を登ると、突き当りに白い建物が現れた。
これが、かつての屋島ケーブルカー登山口駅である。


廃止から8年余りが経ち、駅舎はすっかり廃墟と化していた。
塗装の剥がれた入り口に掲げられた、屋島ケーブルのロゴが痛々しい。


早速ホームへと向かう。
駅舎は施錠されていて入れないのだが、ホームには両脇から難なく入ることが出来る。
日が傾き薄暗い中、落ち葉と木々に囲まれた発着ホームを見つけた。


車両の残るホーム。
安全上の理由か、山頂駅にいるはずの相方の車両もこの駅に降ろされ、2両一緒になっていた。


車内は最後の営業を終えた時のまま。
何れ訪れるであろう最期の時を、静かに待っているようだった。


営業廃止時には全国で最も古いケーブルカーとして歴史を刻んでいた。
何十年も人々を運んできた痕跡がいたるところに残る。


ふと床に目をやると、子供の書いた絵が落ちていた。
よく見ると他にも数枚落ちている。
どうやら、さよなら運転の時に地元の幼稚園児から贈られたものなのだろう。
最後の運転風景を思い浮かべつつ、その贈り物が醸し出す切ない風景に気持ちが複雑になった。


ホーム端で行く先を眺める。
レールはおろか、架線もまだ健在で、少し整備すれば復活できそうな雰囲気だ。


振り返ってホームを見る。
草木に囲まれ、塗装の剥がれた無骨な車両はどことなく不気味だ。


山頂を望む。
この路線は、途中でカーブしているので、山頂駅を見ることはできない。
なお、少し行くと立入禁止の標識がある。


すっかり錆びてしまった架線柱に裸電球。
まるで、昭和にタイムスリップしたかのよう。


主を失い、油が固まったままの滑車。
そう、実はケーブルカーの命綱である鋼索は撤去済みなのだ。


先ほどの車両の先端には、無残にも切断された鋼索が残る。
しかし、一体どうやって鋼索を撤去し、この車両を登山口駅まで降ろしたのか、とても気になる。


陽がだいぶ傾き、古老を赤く照らす。


階段状のホームに描かれた、タイルの矢印。
今ここに立っても、列車の扉は開かない。


駅横にひっそりと残る水場跡。
蛇口なくなってしまったが、その重厚な作りは独特の存在感だ。


わずかに輝きを保つ手摺が残る改札は、落ち葉で一杯。


琴電屋島駅の駅前通りを屋島方に望むと、山肌に屋島ケーブルの路線がみえる。
列車交換設備や山頂駅付近のトンネルも確認でき、一見現役のようだ。


Nikon D800 + Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)

2013/09/10

与板駅にて -越後交通 長岡線-


なんとなく鉄道駅の佇まいが残る、旧与板駅舎。
今は運送会社の事務所として余生を過ごしている。
現役時代の写真が見つからないので、元はどういった姿かわからない。
きっと細い柱の軒下には、信号てこが並んでいたのだろう。


駅舎と駅構内跡を望む。
街外れに作られた駅にしては、結構な広さだったようだ。
今は盛土がされ駐車場と化しているが、土の中には今だレールが残っているものと思われる。


寺泊方を望む。
駅舎からかなり離れたところに、貨物用ホームが残る。
旅客ホームは跡形も無い。


駅舎前はトラックの回転場となっていた。
その下には、アスファルトで生き埋めになったレールが、わずかながら顔を出していた。
数年前までは、ここから西長岡方にかけてレールが敷設されたまま放置され、良い雰囲気になっていたらしい。
が、今は立派な遊歩道に変貌してしまった。
ここに鉄道があったことは、街の人々の記憶から徐々に消えようとしている。


与板駅から少ししたところにある、小さな踏切跡。
夏空の下、ボロボロに錆びた機器箱が寂しげに残っていた。

Nikon D800 + Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)

2013/09/02

夏空の記憶 -越後交通 長岡線-


空の青と草木の緑のコントラストが美しい、とある川沿いの道。
それを横切る2本の筋。
越後交通 長岡線の踏切跡だ。
以前はいたるところに残っていたレールも撤去が進み、こうした遺構も少なくなってしまった。


夏草が侵食する線路跡。
ミイラ化した枕木が整然と並ぶ。
列車が走っていた頃を想像しながら、ゆっくりシャッターを切った。


線路跡近くに廃校舎があった。
草生した校庭と、色褪せたコンクリート校舎に廃心がときめく。


この学校は地域の集会場として余生を過ごしている。
校庭で遊ぶ児童を見守っていたであろう時計。
錆びきった味のある廃校シンボルになっていたが、まだしっかりと稼働しており、ちょっと驚き。

Nikon D800 + Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)

2013/08/21

旧長野原線


夏草に覆われた、古いホッパー。
旧長野原線を代表する巨大な遺構である。


廃止から四半世紀以上の時が経つというのに、沿線には多くの遺構が残っている。
長野原草津口駅を出て直ぐのガーター橋も、全く色あせていない。
C11に引かれた客車列車がゆっくりやってきそうだ。


トンネルも生活道路の一部として健在。
照明のない素掘りトンネルは、ライトがないとなかなか不気味なものだ。


終点の太子駅跡は綺麗に整備されている。
真新しい駅名板が、夏空の下に輝いていた。



Nikon D800 + Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)

2012/09/16

タウシュベツ橋梁


青空の下、人気のない湖に佇む朽ちたアーチ橋。
数多く残る北海道の廃線遺構において、代表的とも言っていい風景だ。


剥き出しになった鉄骨が、この橋の置かれた状況を語る。
そう遠くない将来、本当に湖底へと沈んでいってしまう運命だろう。


大自然の中を貫いて建設された士幌線。
糠平以北は今では人家も殆ど無く、こういった遺構がなければ、開拓者たちで賑わっていた時代を想像するのは難しくなってしまった。


Nikon D800 + Ai AF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)
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